● 怖い怖い、電源のお話
今から17年前、1993年(平成5年)5月18日に世界初のハイビジョン専用音声ポストプロダクションスタジオHVD-520スタジオが渋谷の放送センターに完成しました。
このスタジオは今後普及するであろう本格的なハイビジョン時代を視野に、大画面映像にふさわしい音を制作するためのスタジオとして設計しました。
ミキシングコンソールには当時世界の最先端にあったAMS-NEVE製の巨大なデジタルコンソールを採用しました。
Logic-2 Dijital Consolと私(英国 AMS-NEVE社にて)
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同上:Logic-2の開発チーム
(コンソールが小さく見えますが、実は後ろに立っている人が大きいのです。
その証拠は上の写真でお判りですね・・・ハイ。)
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スタジオの建設工事は、機器の据え付けから配線工事、測定・調整などに約1ヶ月程度かかります。このスタジオも3週間ほどで配線工事などが概ね完成し、いよいよ電源を入れる段階になり、現場の責任者である私も立ち会い、メイン電源のスイッチが入れられました。
・・・・何事も起こりません。イギリスから空輸された高価なデジタルミキシングコンソール(音声調整卓:略称「音卓」)は静かに眠ったままです。????
最初は半分笑いながら、どこかのコネクターが抜けているか単純な配線ミスだろうと思っていました。しかし、実際の工事担当者は真っ青です。
かなり時間を掛けて点検、導通チェックなどを行いましたが異常は見つからず、原因も判りません。私も少々焦ってきます。なんと言っても電源が入らないのではその後の工事が出来ません。
このコンソールはイギリスで製作されたもので、日本に送られる直前に私が現地で動作確認をしています。つまり電源が入れば動作することは既に確認済みです。
ふと考えました。イギリスの電源は240V/50Hzです。もしそのままだと日本の100V電源では全く動作しません。もしかすると100V仕様に変更されていないのでは・・・そんなことが頭をよぎりました。
そこで、まず工事担当者からテスターを借りて供給している電源の電圧を確認すると無負荷でもあり、102〜103Vが表示されてました。
これを確認した上で、「まさか、今ここにあるマシンが240V仕様のままではないよね」と、コンソールメーカーに確認すると、そんなことは絶対にありません。と言います。当然ですね。
さらに時間を掛けてコンソールの電源配線関係をチェックしても異常は見あたりません。皆で頭を抱えながら様々な原因を考えていたとき、今ではどなただったか忘れてしまいましたが、「まさか電源が歪んでいることはないでしょうね。」と言いだしました。
実はこのとき、既に電源を投入している音声卓以外の機器(主に日本製)は問題なく動作していましたので、「電源の歪み・・・そんなアホな。他の機械は正常だし、電圧だってちゃんとあるのに。」と反論したものの、電源の歪みまでは確認していません。
スタジオをオープンする日程は決まっていて既に制作予定の番組も入っています。1週間も10日も完成を延ばすわけにはいきません。
念のために電源の歪みを調べることにしましたが専用の測定器が必要なことなどからそう簡単ではありません。ここは電源のプロにお願いしようということで、放送センター全体の電源を維持管理している専門の部署に連絡をして電源の質(特に歪み)を測定して貰うことにしました。
私などはあまり見たこともない専用の測定器を携えてスタジオに来てくれたエンジニアはさっそくコンソールに供給する電源を調べてくれました。17年も前の事なので記憶は定かではありませんが、確か10%以上の歪みがあり、サインウェーブの山がつぶれたような波形になっていたと記憶しています。
しかし、当時の私としては電源電圧がテスターで100V以上あるのに、多少歪んでいるだけで機器が動作しなくなると言うことまでは全く想像していませんでした。ところが、電源の歪みに言及された方が、「イギリスなどヨーロッパではスイッチングやインバーターを使った機器などで、電源を汚す可能性がある製品への規制が早くから実施されているので、AC電源は一般的に見るととても綺麗です。でも日本では・・・・」と話をされました。
そうか、このコンソールはイギリスというクリーンな電源環境で開発され、テストされたものであり、電源が歪んでいる環境では動作しない可能性もある。ということに思い至りました。
温室育ちは逆境に弱いという事でしょうか?でも、電源環境を国レベルの規制でクリーンに保とうという姿勢はさすがです。それに対して「イケイケどんどん」の当時の日本では電気製品がノイズを出して自身に供給されているAC電源を汚すということに対する規制などは考えられなかったのかもしれません。
電力関係の専門部署の方も「この程度の歪みは経験しますが、電源の品質としては決して良くはないですね。」と言われます。
実はということでコンソールがイギリス製であることなどを説明し、ここに至っては出来るだけクリーンな電源を用意して頂いて実験するしかないとお願いし、とりあえず大元の変電設備から供給される電力幹線から仮設でスタジオまで引いて貰うことにしました。
翌日、早速極太のケーブルで幹線の比較的クリーンな系統から直にコンソールに電源を供給すると、なんとなんと、何事もなく動作するではありませんか。急遽、それまでの電源系統を見直し、緊急の工事でクリーンな電源をスタジオに引いて貰い、この電源トラブルは一件落着しました。
しかし今回の件では、電源の歪みがもう少し少なく、コンソールが動作するぎりぎりの状態でありながらも稼働していた場合、電源部が本来持っているノイズ抑圧効果などが十分に発揮されずに結果として音に悪影響を与える事も考えられます。
この場合、コンソールは表面的には正常に動作しているように見えても「このコンソールは何となくノイジーで、音が良くないね」という評価がなされるかもしれません。そうなると世界最先端の高価なコンソールを選んだ私は地方に飛ばされていたかもしれません・・・・
(実はこの2年後に広島局に転勤となりましたが、これは無関係ですよ。ホント)
・ 電源環境とオーディオ
私は学生時代からずっと弱電関係の世界で過ごしてきました。たまにクーラーなどで200Vも使用しますが「家庭の電源は100V」が私の世界でした。
定年を迎え、第二の人生を歩むようになりプロオーディオの世界から再び民生オーディオの世界に戻ってみると200V電源で再生するオーディオの話題が目に付きます。
200Vって何?と少し勉強してみると、一般的な家庭には単相3線式の電力が供給されていて、通常は100Vを使っているが、取り方によって200Vも使えるということを改めて認識しました。
ならば話題の200Vがどのようなものか試してみたくなるのが人情です。早速工事を・・・いやいや、ブレーカーからの電源工事は資格がないとやってはいけない事になっているのです。
試してみるだけなのに専門業者にお願いするのもしゃくです。ならば資格を取ればよい。という訳で、今更ながら別世界である強電関係の勉強をして電気工事士の資格を取ることにしました。
家庭内の電気工事をするだけなら第二種電気工事士の資格で良いのですが、せっかく勉強するなら第一種を取ろうと欲張りました。(いざとなったら電柱に上って6,600Vをオーディオ専用に・・・)
何十年ぶりかで試験会場に行って緊張しながら若い方々と一緒に試験を受けて、筆記試験は何とか合格し、次の技能試験を受けました。
技能試験は与えられた条件から具体的な回路を設計し、実際に器具を使って配線したものが審査対象となります。それまでは持っていなかった圧着端子用の工具などを新たに購入し、4〜5万円で技能試験用の機材キットを買って問題集とにらめっこしながら次々に組み立てて試験に備えました。
キットの中には触ったこともない6,600V用のケーブルなども入っていて悪戦苦闘の連続でした。そもそも、白と黒のケーブルがあれば私は黒い方をアース側に使います。ところが違うのです。強電の世界では黒がホットなのです。これはカルチャーショックです。これが最後まで影響して、最初の技能試験ではケーブルの色を間違えて見事に落第しました。
教訓:「郷にいれば郷に従え」ということですね。
1年後に再び技能試験を受けて今度は見事に合格。苦節2年、これでオーディオ用の200V電源が自分で引けます。やりましたネ。
早速近くのDIYショップで900円のブレーカーを購入して配電盤の空きに取り付け、バスバー(銅板でできた配線用のバー)からの端子を入れ替えて200Vをブレーカーに給電。これをオーディオ専用電源としてシステムまで引きました。でも、当時の再生装置は200Vが使えるものは一台もありませんでした。(笑ってしましますね)
そこで、手持ちのトランスを使って200Vをオーディオシステムの直前で100Vに落とす装置を作りました。
さて、200Vをトランスで100Vに落として装置の電源にした場合、以前と何が変わるのでしょうか。電力会社が直接給電している100Vとはどのように違うのでしょうか。単純に電圧変動率などで考えると降圧用に入れたトランス分だけは確実に悪くなりそうです。
・とりあえず効果を頭で考察
パワーアンプなどのオーディオ機器側から電源を見ると200Vよりも100Vの方が電源インピーダンスが低いことは自明の理です。
下の図は一般家庭用の単相3線式と言われる電源のための柱上トランスと家庭内の分電盤、そして、コンセントの結線図です。
(もう少し詳しく知りたいという方のために図面を変更しました/7月10日)
トランスの二次側を見ると200V(210V)は100V(105V)に対して巻線が2倍となるので線材の抵抗が単純に2倍、インピーダンスは巻数比の二乗で4倍となります。この抵抗やインピーダンスの違いが音に出るのか、出るとしたらどのように出るのか、予断を許しません。
また、通常の家庭用電気製品は100V仕様ですので、電源としては黒と白の線または赤と白の線のどちらかから取ることになります。これに対して、200Vの電源は黒と赤のラインから取りますので通常の電気製品などとは異なるラインから取っていることになります。たぶんこれが家庭内の電気製品から生じるノイズなどに対して有利になる仕組みだと考えられます。
・音で確認
200V電源をトランスで100Vにステップダウンして再生装置に供給するようになって劇的に変わった事があります。それまでは隣室の蛍光灯が点灯する時と冷蔵庫が自動運転でモーターがON-OFFする時にスピーカーから聞こえていた「プチッ」というノイズが全くなくなったことです。もちろんこれ以外の電気製品からもスイッチの入り切りなどでノイズが入ることはありましたが、蛍光灯と冷蔵庫は特に目立っていました。
良い気持ちで音楽に聴き入っていて、ピアニッシモのところで「プチッ」と出るとそれだけで気分が現実に引き戻されてしまいます。でも実はこの「プチノイズ」はノイズのほんの一部が表面化したものであり、その背後にはより複雑でたちの悪いノイズが混入していたと思われる音の変化が判りました。
この音質の変化はしばらく経ってから認識したのですが、以前に比べて音が静かになり、余韻の消え入る様がより明確になったことに気付きました。私はCDやレコードの演奏が始まる前の静けさを大切にします。このために自作のパワーアンプなどは能率110dBのスピーカーをつないで夜中に耳を近づけてもアンプノイズが聞こえないことにこだわります。
プロ用の音響機器は意外にS/Nが悪く、特に残留ノイズの大きいものが目立ちます。スピーカーの近くに行っただけでシステムが生きていることが判って便利といえば便利ですが・・・・
余談ですが、従来のVUメーターに替わる新時代の音量計を開発したとき、レベルの表示範囲を-70dB 〜 +20dBまでとしました(VUメーターは
-20dB 〜 +3dB)
実際にミキシングコンソールの出力に新開発のメーターを接続すると音が出ていないのにメーターが振れる(-60dB以下ですが)という現象が多発しました。つまり、コンソールの残留ノイズが表示されてしまったのです。多くの音声卓メーカーの方からは「栗原さん、新型メーターの指示を-50dBからにしてくれませんか」と言われましたが、逆に、このメーターでノイズが表示されないコンソールを作って下さいと申し上げてきました。
余談はさておき、200V電源を分電盤から直接取り出してオーディオシステムの直前で100Vにステップダウンする方法は少なくとも「我が家では再生音質に良い効果があった」と考えています。
我が家はどちらかと言えば山の中に近い環境にあり、周囲にも目立った工場などはありません。電源環境で言えば6,600Vから単相3線式に変換する柱上トランスが家の直近にあり、このトランスからは我が家と隣の別荘の2戸のみが給電されています。別荘の方は年に10日ほどしか来られませんので、一年を通じて柱上トランスを独占しているような形になっています。
給電されている同じ柱上トランスから電源を汚すようなノイズを発生する製品を多用している家屋などに電源が供給されている場合は注意が必要です。
最悪の場合、17年前の英国製レコーディングコンソールのように、知らないうちに再生機器が悲鳴を上げているかもしれません。
我が家の場合は自身の家庭内で電源を汚していたことになりますが、電力会社からの給電は比較的クリーンだったので、これまで述べてきたような現象が出たと思われます。これに気をよくして昨年の1月にはそれまでの自作トランスの代わりに医療用のアイソレーショントランス(3kVA)を購入して使い始めました。自作トランスの時も僅かなうなり音が出ていましたが、新規に導入したトランスもやはり僅かにうなり、夜中には気になるようになりました。そこでリスニングルームに置いていたトランスを直下の地下室に移動し、マグネットスイッチを付けてオーディオルームから電源のON-OFFがリモート出来るようにしました。もちろんこれらの工事も電気工事士の免許を取得した栗原さんにお願いしたので無料でした。
<地下室に設置した医療用の電源アイソレーショントランス>
・電源についてのまとめ
各家庭における電源環境は実に様々です。もし不幸にしてノイズや歪みの多い電源環境の元にオーディオシステムがあった場合、根本的に電源をクリーンにする装置などを導入するのが良い音への近道だと思います。私が以前使用していた信濃電気のHRS-1000という製品は巨大なパワーアンプに50Hzまたは60Hzのサインウェーブを入力し、出力を100Vにして出すという電源装置で、これなら元の供給電源が汚れていてもクリーンな電源が得られる道理です。
アキュフェーズのPS-510やPS-1210は電源の歪みに注目した製品で、入力電源からクリーンなサインウェーブを作り出し、この信号と元の電源の歪みを比較して出力するときに歪みを打ち消すという方法でクリーンな電源を作り出しています。
オーディオシステムの動作を根本で支えるているのは電源です。幸いにも日本の電源は大変優秀で、安定度などは世界に冠たるものだと思いますが、残念ながらそれを汚してしまう電気(電機)製品が多いのも確かなようです。
PDF版資料:電源品質に関する基礎知識<高調波編>(日置電機株式会社)
この資料は電源関係で多くのノウハウを持つHIOKI(日置電機)が制作したものですが、電源の品質に関する基礎知識について正確に、しかも分かり易く解説された貴重な資料です。高調波(ノイズ)の発生源としての家電製品やオフィス機器、工場などの機器について。また、ノイズが引き起こす障害についてや高調波に関する規制・規格につて(日本では遅まきながら1994年から対策がスタート)など、興味深い内容ですので電源に関心を持つオーディオファンの方には是非一読されることをお薦めします。
・終わりに
電源についてのエッセーはとりあえず終わりですが、近いうちに電源ケーブルについても徒然なるままに書いてみたいと思っています。
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