徒然なるままに No.1(2009/11/05 更新)

 記憶がかすかに残る今のうちに、ミキシングエンジニアとして過ごした時代の話も挟みながら今日のピュアオーディオついてに、徒然なるままに書き記していこうと思います。

● 画質と音質の評価について


 放送局にいた頃、映像を扱うセクションに4年ほど在籍したことがあります。月を周回する衛星に搭載するハイビジョンカメラの開発、映像を合成して大河ドラマのタイトルなどを制作する仕事、地球大紀行といった番組のCG部分の制作、ほとんどの番組の映像編集、スタジオでの映像技術全般業務、等々、映像にかかわるほぼ全てにかかわるセクションでした。
(余談ですが、月周回衛星「かぐや」に搭載したHVカメラは2009年6月11日に月面に衝突してその使命を終えましたが、貴重な映像を沢山送ってきたのは記憶に新しいところです。))

 そして、新たに登場する映像機材の評価などにも立ち会いましたが、こうした折に感じたのは、音声機材(放送局では“音”全般を指す言葉として“音声”という表現を使っています。)の評価に比べると映像機器の画質評価は客観性が高いなということでした。
 当時、一台700〜1,000万円のプロ用ハイビジョンカメラに対して、35万円の民生用ハイビジョンカメラが登場した時、いち早く手に入れて画質の評価を行いました。立ち会った10名の内7名が「特に画質を問題にする番組以外は十分放送に使用できる」という結果で、私も素直に納得しました。

 もちろん、画質だけを見ればそれほどの違いがなくても、操作性や耐久性、そしてプロのカメラマンが使用する機材としてのステータスなどを総合的に判断すれば、全てのカメラを35万円のものに置き換える事は不可能ですが、例えば従来の放送用カメラの使用を許されていない、記者やプロデューサー、アナウンサーなどが手軽に持ち歩いて放送に使える画質でスナップ映像を撮ると言った用途には問題なく使えるという判断を部として行いました。

 プロのカメラマンがこうした一見オモチャのようなカメラで取材現場に赴くことは当時としてはプライドが許しません。でも、それ以外の職種の人たちは手軽に持ち運べて使えるハイビジョンカメラが登場したことに大きな可能性を感じていました。これから先は「政治的判断」が必要な段階になりますが、ここで言いたいことは「画質の評価」がかなり客観性を持って語れると言うことです。

 これに対して“音”の評価は大変難しいと言うのが30年近く携わってきた私の正直な感想です。つまり“音”の評価は主観的過ぎて、個人の好き嫌いがそのまま評価となり、声の大きな人の意見が結果を左右してしまう世界でもあります。このため、少なくともモニタースピーカーのような最低限の客観性が必要な機器の選定に当たっては、研究所を中心に徹底したブラインドテスト(実際の製品が見えない、または判らない状態)を多数回行うとともに、かなりの時間を掛けて決定します。

 評価用の音源も、数人から数千人の拍手音、男女のアナウンサーによるストレートトークなどを中心に違いが判りやすいものが使用されます。
 これらの音源はピュアオーディオの世界においてももう少し活用すると魑魅魍魎の世界が少しはすっきりするかもしれません。でも、「それって音でしょ、音と音楽は全く違うものだからね」という声が聞こえてきそうですが、拍手やアナウンサーの声を自然に美しく再生できない機器から“音楽”が聞こえた経験は私にはありません。


● モニタースピーカーについて


 趣味のオーディオはある意味で完全な「好き嫌い」だけで成り立つ世界です。しかし、プロの世界は多少の客観性が要求されます。これはプロの世界が広がりを持つためです。放送でもCDでもその作品は世に出ることを要求され、多くの人に支持されるかどうかが重要な評価基準となります。つまり完全に自分だけの世界に居ることは許されません。

 そして、その作品作りに大きな影響を与える機材についても同様です。例えばメーカーとの共同開発や厳選して採用したモニタースピーカーは他の放送局にも採用され、音を評価するための基準として使用されます。ではどのようにモニタースピーカー(の音)を選ぶのでしょうか。

 モニタースピーカーで有名なジェネレック(GENELEC)というメーカーがあります。小型から大型まで、統一された音質を持ち、豊富な品揃えの優れた製品です。ある時、日曜日のお昼に放送している歌番組で、舞台裏の審査員に小型のジェネレックスピーカーを設置して聞いて貰っていたところ、「このスピーカーは全員が綺麗に、上手に聞こえてしまうので審査がやりにくい、できれば換えて欲しい」という要望が出ました。幸いにも同じようなサイズで三菱DIATONEのAS-1051というアンプ内蔵型スピーカーがあったのでこれに交換して無事に審査を続行してもらいましたが、モニタースピーカーは音楽が綺麗に再生される以外の要素が必要(重要)であることを示す事例です。



DIATONEのAS-1051

 DIATONEのAS-1051は中継現場などでモニターするためのパワーアンプ内蔵の2Wayスピーカーシステムです。カーバッテリーなどの12V-DC電源でも動作するので、色々な場面で大変重宝しました。

 
・もう一つのエピソード(過渡応答特性)

 
スピーカーの過渡応答特性に関するお話しです。こちらに登場するのは業務用のモニタースピーカーだけでなく家庭用ピュアオーディオの世界でも有名なディナウディオ(DYNAUDIO)の製品で味わった話です。
 今から27年前の1983年にシーダー(CEDAR:イギリス)社が設立され、1987年には驚異的な製品を発表。1990年頃に日本にも紹介され、その一号機を導入しました。この会社は一環してリアルタイムで音の中からノイズだけを取り去るという製品を開発していますが、もしこれが本当に可能ならまさに夢のようなマシンです。(一発録りのプログラムに、もしノイズが混入していたら・・・・)
 早速、PCに専用のボードとソフトウェアを入れて、リアルタイムでノイズを取り去る(はずの)最高級品マシンを1,600万円ほどで購入しました。

 この製品が録音した素材や完成したプログラムからノイズをとる方法の一つに、プログラムの中から削除したいノイズを選び出してマシンに教えるとそのノイズだけを取ってくれるという機能がありました。
 自動販売機の近くで録音したために混入した機械音、雨の日に録音した晴れのシーンに入ってしまった雨音、大昔のテープに入っているヒスノイズ、火事現場で録音した役者の台詞がパチパチ音でかき消されそうな録音、なとなどなど・・・・

 結果は・・・・凄いのです。びっくりです。こんな事って・・・もちろんノイズ取り効果を強くかけ過ぎると必要な音の音色が変化したしまうため、このさじ加減が結構難しいのですが、それにしても見事にノイズを除去してくれる効果は抜群でした。

 さて、ここで登場するのがこの装置専用にセットしたディナウディオのC-2という2Wayの小型モニタースピーカーです。



DYNAUDIO Audience 42

 写真に良く似たスピーカーで、確か「C-2」と「P-2」という名前の製品でした。C-2はクラシック向き、P-2はポップス/ジャズ向きとカタログに書いてあったと記憶しています。

 シーダーに組み合わせたのは私好みの・・・いやいや、どちらかと言えば音源に忠実なC-2を採用しましたが、この20年前の製品は今でもそのまま通用する大変優れた製品だと思っています。

 当時としては最先端の性能を持つこのC-2は優れた周波数特性と同時に優れた過渡応答特性を備えていました。再生系全体の過渡応答特性が向上すると「静かになる」と言われています。これは「騒がしい音」の反対ですが、騒がしさの一端は過渡応答特性が悪いと発生する不要な余韻です。例えばアナログレコードのスクラッチノイズのような、幅が狭くレベルが大きいインパルス的なノイズが再生された場合、過渡応答特性が悪いシステムでは一瞬で消えるはずのノイズに不要な余韻が付いてしまい、人間の耳には実際のノイズ以上に大きく聞こえてしまいます。

 何を言いたいかもうお解りですね。C-2は当時のスピーカーシステムの中では過渡応答特性が大変優れていました。と言うことはインパルス的なノイズはそのまま忠実に再生されるため、人間の耳にはあまり大きな音としては聞こえません。

 不幸にもノイズが入ってしまった録音からノイズのサンプルを抜き出してコンピュータに教え、どの程度の処理を行うか、何度もテストしてから本番。やがてノイズが取れて生き返った録音素材を誇らしげに提出して一件落着です。・・・・のはずでした。

 ところが、録音を担当した本人が別の場所で処理済のテープを聞くと、ノイズは確かに減っているものの、もう少し減らないだろうかという相談が来た。えっ、そんなはずはない。十分に消えているはずだ。今からそちらに行きます。と言って一緒に聞くと確かに大きい。変だ、何か間違えたか・・・・・

 念のためにもう一度シーダーを設置したスタジオに持ち込んで聞いてみると、あれれ、ノイズが消えています。これはミステリーです。とりあえず様々なスピーカーで聞いてみるとノイズの聞こえ方が随分違うことを発見し、原因が判ってきました。スピーカーシステムによってノイズレベル(聞こえ方)が大きく異なるのです。特にノイズが大きく聞こえたスピーカーシステムは三菱ダイヤトーンのP-610というユニットを30p×30p×20pほどの箱に入れたテープレコーダー付属のモニタースピーカーでした。
 これは意外な結果です!。このP-610を60リットルほどの箱に入れたシステムは私の再生音の故郷であり原点だとさえ思っている名機です。でも現実にC-2と聞き比べると明らかにノイズの出方、聞こえ方が違います。ここまで判って、さてシーダーをC-2でモニターすることの意味にぶち当たりました。

 当時の家庭における再生装置を考えたとき、C-2ほどの過渡応答特性を備えているものがどれだけあるのか、ラジオやFM放送、テレビなどの再生装置を前提としたプログラムをモニターする場合、性能が良すぎるスピーカーでは問題があることを改めて痛感した出来事でした。

 早速シーダーを設置したスタジオにAS-3002-NとP-610のテープレコーダー付属モデルを入れて、目的に応じて切換ながら作業を行いました。

 アナログレコードは音は良いのだけれど、針音やスクラッチノイズが大きくて・・・・という方、システム全体の過渡応答特性を向上させて下さい。きっとノイズが激減して、静かになり、音楽に命が吹き込まれますよ。


 ・録音モニターと音質の関係


 この図は録音のプロセスを示したものです。「モニターSPの特性」に注目して下さい。
 モニターSPの特性がピンク色のように高域が落ちている場合を考えます。余談ですが、その昔、クラシック音楽の録音に良く使用されていた当時のタンノイ製モニターSPは結構ハイ落ちのものが多かったように記憶しています。また、ジャズやポップス系を多く録音するスタジオではALTECの604系や、UREIのような高域が強調されたモニタースピーカーが多く見受けられました。

 ミキシングエンジニアはモニタースピーカーの特性がフラットではないことを知っていますが(多分?)、隣にいるプロデューサー氏は聞こえてくる音だけで判断します。
 ミキシングエンジニアはモニターSPのクセが判っているので、あえて、聞きようによっては「もやった」感じの音を創ります。スピーカー自体が「もやっている」ので、これで良いのだ!と思っていますが、横のプロデューサーは「もう少しすっきりした音にならないの」と言ってきます。無理はありません。今聞いている音が「もやっている」のですかがら。
 ここで業界の「ちから関係」が登場します。ミキシングエンジニアを身分的に見ると二通りに別れます。一つは放送局やレコード会社などの社員の場合。そしてもう一つがフリーと呼ばれる人たちです。

 社員の場合もプロデューサーの言うことは多少は聞かないといけませんが、フリーの場合は次の仕事が来るかどうかはプロデューサーの気分次第ですから、多くの場合、多少の無理は聞いた方が良いのです。でも、録音する音について多少の無理を聞いてしまうことはフリーのミキシングエンジニアにとっては自殺行為の場合もあります。なにしろ最終的には「市場の評価」が待っているからです。
 
 ところで、このようにミキシングという作業はモニタースピーカーからの音を聴いて楽器の音量バランスや音質を決定することです。もちろん用心深いエンジニアはその音を熟知している自分専用のヘッドフォンなども適宜使用しながら平均点の高い作品に仕上げていきます。

 ここからは私流の考え方ですが、モニタースピーカーは、録音というプロセスの中で、アンプのNFBの取り出し口と見ることができます。
 下の図はその様子を模式化したものです。ここでモニタースピーカーがフラットではなく、前述のようにハイ下がり、あるいはハイ上がりの再生特性を持っていると、ミキシングエンジニアはこの逆の特性にプログラムを仕上げて、モニタースピーカーからはあたかもフラットな特性のスピーカーで聞いているような原音に近いサウンドが出ているはずです。

 優秀なエンジニアほど、多くの原音に接し、多種多様なシステムで多種多様な音楽を聴き、自らの耳に標準的なサウンドの姿をイメージとして持っています。
 そして、現場ではこのイメージにどれだけ近づけられるかが、ミキシングエンジニアとしての仕事になるわけです。


 さて、ここに一つの結論が見えてきます。多くのモニタースピーカーがそうであるように、スピーカーシステム自身、あるいはスタジオに固有の音響的なクセなどによって、モニターサウンドが歪(ゆがみ、クセ)んでいる場合、
完成したプログラムはこの歪みと逆の特性(クセ)を持っていることになります。

 ミキシングエンジニアの腕(耳)が優秀であれば、モニタースピーカーのクセを補正しながら、そしてプロデューサーの言うことも聞きながら、何とか正しい方向へ作品を仕上げることができるかもしれませんが、現実にはそうでないことが多いことを我々オーディオファンは知っておく必要があると思います。

 ・クラシックの録音は高域が強調されたものが多いように感じませんか?
 ・特定のレーベルの作品群で、どうも音が抜けないなと感じることはありませんか?
 ・昔のS社の信○町スタジオの録音はどうも高域が強調されていると感じませんか?
  (このスタジオのモニターには1kHz以上が緩やかに降下するEQが入っていました。ここで聴く音楽は大変心地よい音がしていたのを覚えています。ここで創る音ではなく。)

 お気に入りのCDが元々こうしたクセを内包している場合、これを最良のサウンドで再現できるように再生システムをチューニングすると、そのCDを録音した時のモニタースピーカーの特性に近づけることになるかもしれません。例えば、1950年代、60年代のニューヨークジャズの名盤を再生するには当時のJBLやALTECのスピーカーシステムが一番良く似合うと思いませんか。そして、そのCDだけは上手に再生できても他の、あるいは最新のプログラムは全然だめという独特のシステムになってしまう可能性も多々あります。

 先日、我が家に来られたあるオーディオファンの方は、JBLの部屋、TANNOYの部屋、TADの部屋、2S-305の部屋という具合にスピーカーシステムの個性に合わせてチューニングされたシステムを備え、再生するCDに合わせて部屋を選ぶという夢のシステムを実現されていました。

 「理想の再生システムは全てのプログラムソースを理想的に再生する。」・・事はありえません。
 「超個性的なシステムは全てのプログラムソースを超個性的に再生する。」・・は正解です。

 このつづきは
「マスタリングについて」です。ではまた・・・・・